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2004.01.22

パソコンとの出会い

「アクセス解析」関連が想像以上の波紋を呼んでるので、今度はちょっとほのぼの系の話題でも(笑)。

フォーラムのSYSOPをやっている、という事でネットの経験が長い、パソコン通信どっぷり経験者、なんて所を見ている人もいるかと思う。そこで、わたしはどうやってSYSOPになり、何をやってきたか、こぼれ話しというか、思い出話というか、今だから言える事というか、そんな笑い話とかを、blogで記録に残しておこうかなと思って。

そもそも、わたしとパソコンの出会いは、20年以上前になる。
父方の叔父が近所に住んでいて、叔父がパソコンを買い、見せてくれたのが、この世界(パソコン)にはまってしまうきっかけだった。
なんか、すげぇカッコよくって、すげぇ欲しくなった。いや、この時見てなかったとしても、その後どこかで出会って、きっと欲しくなっていたとは思うけど(笑)、わたしにとっての出会いは、確かにこの時だったのだ。

今年のお正月に、叔父に聞く機会があった。わたしの原点となったあのパソコンはなんだったのか。
叔父は記憶が不確かだったのに、叔父の息子、従兄弟がちゃんと覚えていた。「あれは、MZで、20年前だ」と。
そうかわたしの起源はSHARPのMZだったのか。
でも、わたしと、叔父は、20年より、もう数年前だった記憶がある。23年か24年くらい前じゃなかっただろうか。
(型番まではわからなかったが、形からしてMZ-80K,MZ-80C,MZ-80K2E, MZ-80B, MZ-80B、この辺のどれかだと思う。赤かった気もするし・・・(参考:AKO's site カタログ写真室http://homepage3.nifty.com/mzakd/mzcatarog/mzcl80k.html)

それから数年して、NECのPC-8000シリーズが世に出てきた(参考:Old computer collection 写真 http://plaza10.mbn.or.jp/~buster/old_computer/pc/nec/#PC8001)。
わたしの家が父が起業した電機部品の製造業という事もあって、父親もパソコンに理解があった。
「出世払いで払うから、コンピューター買おうよ~」と父親にねだりにねだった(^_^;)。
父親も当然興味があったのだろう、高い買い物だったが、購入する事になった。
ちなみに、まだわたしは出世してないので、このお金は父には払わないまま父は他界した(^^;)

それが、パソコンを自分で触った初体験だ。
あの頃をご存知の方とはいつも話しが弾むが、フロッピーなどまだまだない、カセットテープに記録する時代だ。
「パソコン」とは言わなかった「マイコンピュータ」から略して「マイコン」と言っていた。

「IO」(アイオー)という雑誌を買って、そこに載っているゲームのプログラムを一所懸命打ち込んで、カセットテープに保存して、ゲームで遊ぶのだ。それくらいしかやることがなかった(^_^;)
あと、わたしは「フラクタル模様」というのを、何時間もかけて計算させて表示してよろこんでいた覚えがある。

あの時、もっとプログラムとか言語とか、そっちに興味を持っていたら、今こんなに苦労しなかったのになぁ、もうちょっとパソコンの事がわかる人間になっていたのになぁとは思う(^^;)

ちょこちょこ遊ぶだけで、終わってしまったが、その後コンピューターへの興味は持ったまま、実家を離れ、東京に出てきた。
契約社員として在籍したとある雑誌の編集部、新しい事に積極的な編集部に、Macがやってきた。型番とか覚えてないけれど、一体型のちっこいコロンとしたやつで、14~15年前のことだ。
編集部にはバイト君まで含めて30人以上いたけれど、パソコンに積極的に興味を持ってさわっていたのは5~6人しかいなかったように思う。

編集部で、新しいモノに詳しい人が「パソコン通信」とか言っていた。
「ロック・ネット・ジャパン」という言葉を聞いた。
ロックが好きで、仕事にもなっていたのだから、ぜひともその「ロック・ネット・ジャパン」ってヤツを体験してみたくなった。

それには、パソコンを買って、パソコン通信をやればいい、とわかった。
そして、わたしは、パソコンを売っている店を電話帳で探して、ありったけの貯金を持って、買いに出かけたのだった。

目的は「パソコン通信」、それとせっかくだから原稿を書くために「ワープロ」も、だからプリンタも必要。
お店のお兄ちゃんは相談に乗って色々アドバイスをくれた。
パソコン通信をやるためには「まいと~く」というソフトを進めてくれた。ワープロは「一太郎」だ。
編集部にあったMacがかわいかったから、同じのが欲しかったのだけど、「Macはワープロとしては進められませんよ」と言われた。「日本語変換とかは、一太郎の方がいいですよ」と。

そんなワケで、NECのPC-9801 DA/U2を買うことになった。3.5インチフロッピーが出始めて、2ドライブになった最初の頃のだと思う(参考:SASAJIe'S HOME カタログhttp://www.page.sannet.ne.jp/sasajima/pc/cata/9801da.jpg)
「まいと~く」と「一太郎dash」も買った。「dash」の方が軽くて使いやすいよ、と言われたのだ。プリンタも買った。モデムも買った。

そして、わたしの、パソコンとの格闘、パソコン通信を始めるための格闘が、始まったのだ。
これがまた、大変なので、続きはまた次回。

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Comments

おはようございま~す
えぇー。姉さまはそんなにバ、
いや、だれでも始まりはあったんですね
ほのぼのしてしまいました
20年程前といえば、
まだ僕もバリバリ[破れた]のシステムエンジニア
でした。隣のグループにパソコンGがありまして
当時は「バカにしていたものです」
今を思えばその課長は偉かった。
だから時々、何かのメディアで目にします
それにしても、
この世界の技術は想像がつきませんね
10年したらどうなっちゃうんだろうな
次回の記事楽しみにしてる
今日この頃です。

Posted by: it1127 | 2004.01.22 at 02:07 PM

まちゃみさん、こんにちは。

私がパソコンにはじめてさわったのは、高校3年生の時です。
私は工業高校の電気科だったので、パソコンの授業でPC-8001を使いました。
BASIC言語で簡単なプログラムを作り、プログラムをテープレコーダで記録しましたね(^^;。
あと、県の情報処理センターという所に行って、マークシートに書いたプログラムを大型コンピュータ(今だったらちょっと性能のいいパソコン並みの性能かも(笑))で流したのも思い出しました(^^;。

その後、私は情報系の専門学校へ行ったあと重電系のソフトウェアに就職するのですが(^^)。

Posted by: てつお/川上 | 2004.01.22 at 04:15 PM

ど~も。
僕が最初に触ったのは中2の時に、学校でAPPLE II。
アーケードゲームが目の前で再現できたときは、驚きでした。

テープにセーブさせたデータをラジカセで再生させて音ばか
り聞くと、頭がおかしくなるという噂を昔聞いたんですが、
そんなことないですよねぇ(^^;。

Posted by: | 2004.01.22 at 11:44 PM

 北陸セッションの方にコメント有り難うございます。僕のほうからはトラックバックさせていただきました。
 新しいパソコンほしいです。ほのぼのレイクみたいなかんじ当たったりしませんかねぇ(^^;)。

Posted by: たっつぁん | 2004.01.25 at 10:45 PM

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